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プロ野球が熱かった時代その1。10.19と10.12

先日から楽天野村監督の解任騒動がおきているプロ野球だがいまは全く面白くも熱くもない

もちろん私が産まれる前の時代のプロ野球が面白い。しかし分からないものを取り扱ってもしょうがない

故に私が産まれてプロ野球が面白いと感じた時を扱って行きたい

第1回は1988年と1989年、いわゆる10.19と10.12からの近鉄優勝までを扱いたい。

私は中学時代はジャイアンツファンであり吉村選手のファンだった。しかしここに出ている1988年~1989年は現在パ・リーグで審判を勤めている栄村氏と守備で衝突し靭帯断絶→奇跡の復活を遂げた年だった
当時パ・リーグの話題はほとんどなくニュースではジャイアンツ戦がダイジェストで放送されるのに対しパ・リーグはたまにダイジェストがあれば良くライオンズ戦以外は事実結果のみをテロップに出すだけだった。ズームイン朝のプロ野球イレコミ情報も当時はセ・リーグのみ扱っていた

実際10.12の決戦も私は10月前にようやく西武と近鉄の争いを知ったに過ぎなかった。10.12当日になっても野球好きの間でもこの話は出ていなかった。

しかも当時横浜に住んでいたため放送はなく夜のニュースで第一試合は近鉄が勝利し結果を待つライオンズナインの表情が映っていたのがうっすらとした記憶だった。

その後夜になってようやくテレビ放送がスタートした。メインルームでは両親が別の番組を見ていたため自分の部屋でテレビを見ていた。やがてニュースステーションの時間になっても壮絶な第2試合が続いていた。西武・近鉄どちらのファンでもなかったがジャイアンツのV9位の強さを持った西武でもよいし逆に常勝西武に土を付ける意味でも近鉄にも優勝して欲しいそんな気持ちだった。実際試合に夢中になりトイレにもいけない状態だった。やがて10.12の宴が終わる。当時中学生だった私はそこまでこのダブルヘッダーが持つ深い意味が分からなかった。そして1989年を迎えた

翌1989年はオリックスが開幕8連勝を飾り首位に立つ中、前年の覇者西武はスタートに思いっきり出遅れ今年は無理だろうという声が聞こえてきた。また近鉄も差を縮めることが出来ずオリックスの独走状態が続いた。しかし王者西武は息を吹き返し首位を猛追、近鉄も猛追し9月に入ると日替わりで順位が変わり熱パ三強と称されたパ・リーグは当時セ・リーグを独走していたジャイアンツに変わり連日ニュースのメインになった。
当時受験を控えていたため学校が終わると家に帰宅した。しかもダブルヘッダーや平日のデーゲームもあったせいか当時パ・リーグの試合を見ていたこともあった。そして10.12を迎える。

当時熱パとして順位が毎日変わったが10.12の段階で西武はついに首位に立った逆に近鉄はダブルヘッダーのどちらかに負けたら優勝争いから脱落が決定的だった。試合はダブルヘッダーだった事もあり第1試合はテレビ中継されていた。テレビを付けた時西武が4対1でリードしていた。そして西武が1点追加する。そして6回の表近鉄の攻撃、満塁でブライアントに打席が回る。テレビでは前の打席のホームランをVTRで流していた。ここでホームランが出れば同点かなんて思ったらブライアントの一振りが・・・野球のボールがあたかもピンポン玉のようにスタンドへ飛んで行った

おっ同点だ、近鉄のファンでもなければ西武のファンでもない私は当時どっちが勝ってもよかった。西武が勝ったなら奇跡を起こした事になるし近鉄が勝てば昨年の雪辱になる。そういう考え方だった。

しかし次の瞬間、西武負けろと思ったのだ。それはブライアントへの対決方針だった。この試合は事実ブライアントのみにやられておりブライアントを敬遠すれば事は足りた。ダブルヘッダーのルールを利用すれば9回できちんと終わるルールのためブライアントは第1試合はこの打席が最後。9回さえ抑えればサヨナラ勝ちの目すらあった。しかし西武ベンチは勝負という決断をし最悪の結果を産む。

またもボールはピンポン玉の様にスタンドに飛んで行き吸い込まれて行った。松倉アナの「ブライアント3打席連続のホームランです」のアナウンスと共に私は
「西武ベンチあほじゃないのか」と思いそこから西武負けろという気持ちが出てきた。
それは近鉄の意地が西武に勝った瞬間だったような気がする。実際第1試合はブライアント一人に敗れ去ったようなものだしそれが後を引いてか第2試合も大敗。オリックスがロッテに連勝したため優勝の最前線にいながら西武は一瞬で優勝が消えた

しかし翌日オリックスもロッテに敗れ近鉄にマジックがついた

そして近鉄とダイエーの優勝決定戦。当時は土曜日だった。しかし人気番組の暴れん坊将軍を中止してまで近鉄の優勝を伝えたかったのは昨年の10.19の悔しさからだろう

そして近鉄がダイエーに勝利し優勝を決めた。足掛け2年の出来事だった。

しかし西武はV5を絶たれたとはいえその翌年から再び5連覇。まさに黄金時代だった。もし89年も優勝していたら単純計算でV10となりジャイアンツを数字の上では超える事になる。ただ翌年の日本シリーズでジャイアンツを4タテ、94年にジャイアンツに敗れるまで盟主の座を奪うことに成功する。

今日であの伝説の10.12から20年が経過する。私もハナタレ中学生から大人になり10.19や10.12の事をNUMBERやその他の文献等で調べたくなった。10.19の記事や10.12の記事を見て行くうちに、当時の背景や、選手、コーチ、監督の心情等を考えるとこの10.19や10.12が単なるペナントレースにの1/130や2/130ではない熱い思いを寄せていたものであった事が分かった。
最近はCSというくだらない制度によりリーグ優勝の重みが無くなっている。また主力選手の相次ぐメジャー流出やサッカーや他のスポーツの勢い、チャンネルの多チャンネル化にも野球は押され人気は下降している

もはや10.19や10.12ほどのしのぎを削る熱い戦いはもう起きないのだろうか。全てがCSのせいでは無いと思うが本当にプロ野球が熱く燃えた時期だっただけに残念で他ならない。


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